短編映画『We Hunt Giants』を手がけたアーティストに迫る。
ロンドンを拠点に活動するVFXアーティストのAndreas Feix氏は、数多くの大手スタジオで経験を重ねてきた実力派クリエイターだ。インディペンデント短編映画『We Hunt Giants』のVFXを手がけたことでも知られ、この作品の映像は Nuke 16.0 のリリースプロモーションにも使用された。
Feix氏がVFXの世界に惹かれたきっかけは、幼少期に観た『ジュラシック・パーク』だった。そこで芽生えた恐竜デザインへの情熱は、年月を経てさらに深まり、やがて『ジュラシック・ワールド』シリーズのVFX制作にも携わることになる。
今回のArtist Spotlightでは、Feix氏のキャリアの軌跡やデザインのインスピレーション、そして短編作品で迫力ある恐竜VFXを生み出すために、どのように Nuke Indie を活用したのかについて話を聞いた。

VFXの世界に進むきっかけは何でしたか?
6歳のときに、VHSで『ジュラシック・パーク』のオリジナル版を観たんです。あのときは本当に衝撃で、映画の終盤では本棚の陰に隠れて震えていました。どうやって作られているのかなんて全くわからなかったけれど、続編や、子どもの頃に観ていたVFX映画やアニメーション作品を通して、だんだんと映画やVFXの世界に興味を持つようになりました。そして、1999年に『ウォーキング with ダイナソー 驚異の恐竜王国』が公開されたことで、VFXやアニメーションへの関心が一層強くなりました。そこから自宅で短いアニメーションを作ってみるようになったんです。

VFXの仕事で、特にどんなところが楽しいと感じますか?
VFX制作は、どこかマジシャンの仕事に似ているところがあります。観客を魅了する華やかな見せ場もあれば、「どうやって仕掛けたんだろう?」と思わせる巧妙なトリックもある。
同業のアーティストたちが手がけた作品を見るたびに、新しい発見と刺激をもらいます。そして、新しいプロジェクトに取り組むたびに新たな技術的課題が立ちはだかるので、退屈している暇なんてありません。

現在のお仕事と、そこに至るまでのキャリアについて教えてください。
いま、私はインダストリアル・ライト&マジック(ILM)でシニア・コンポジターとして働いています。ILM が築いてきた歴史や、映画業界に与えてきた大きな影響を知って以来、いつか自分もここで働きたいと思い続けてきたので、こうして実際に携われていることが本当に夢のようです。
高校時代から短編映画の制作に取り組み、実写やレゴを使ったストップモーション作品など、さまざまな作品を手がけていました。その後、映像やアニメーションを制作する小規模スタジオ Unexpected でインターンシップを経験し、南ドイツにあるフィルムアカデミー・バーデン=ヴュルテンベルクへ進学しました。在学中に学生プロジェクトでNukeを使い始め、2015年に卒業しました。
この15年以上の間に、Pixomondo、Mackevision(現 Accenture Song)、MPC、Framestore、Cinesiteなど、ドイツとイギリスのさまざまなVFXスタジオで経験を積み、現在のILMへとキャリアを重ねてきました。

特に印象に残っているプロジェクトと、その理由を教えてください。
まず一番に思い浮かぶのは、『ジュラシック・ワールド/炎の王国』のVFX制作に携われたことです。恐竜が題材というだけで胸が躍りましたが、何よりもオリジナル版への強い思い入れがあったため、当時の自分の技術をさらに磨き、より高いレベルの仕事をしたいという気持ちが強くありました。完成した作品はもちろん、担当したショットがプロモーション映像に使われたときは、とても大きな達成感がありました。それから、強く印象に残っているのが、『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』です。あのシリーズの象徴ともいえる“マスク剥がし”のショットを、最初から最後まで通しで担当でき、とてもやりがいのあるプロジェクトでした。

そして、今でも特別な存在なのが、卒業制作として手がけた短編映画『Citipati』です。小さな恐竜が“自分の死”と向き合う姿をテーマに、完成までに2年以上をかけて丁寧に仕上げました。全編フルCG、最終的にはステレオ3Dで完成させた思い入れの深い作品で、徹夜を重ねてようやく完成に至りました。その努力が実を結び、『Citipati』はこれまでに多くの賞を受賞しています。制作から10年が経った今でも、この作品がさまざまな形で多くの方の心に響いていると耳にするたびに、心温まる気持ちになります。


『We Hunt Giants』のプロジェクトが始まったきっかけと、そのアイデアの背景を教えてください。
パンデミックによるロックダウン中、私は“Tucki(タッキ)”という小さな恐竜を主人公にした、ホームビデオ風の短いクリップをいくつか作っていました。その映像が、以前の仕事仲間の友人であるインディーズ監督、Titus Paarの目に留まったんです。彼から「恐竜をテーマにした短編映画を一緒に作らないか」と声をかけてもらい、企画段階から意見を交わせたことは、とても貴重な経験でした。VFXは作業量が膨大なので、早い段階からクリエイティブ面で信頼して任せてもらえたことは、大きな励みになりました。

作品の“幻想的な世界観”を作るうえで特に影響を受けたのは、Ray Harryhausenの名作『恐竜100万年』と、Genndy Tartakovskyの『ザ・ビースト』です。また、古代部族の暮らしや、現代のような道具や武器がまったく存在しない世界の描写にも強くインスピレーションを受けました。そんな先史時代の環境で、人がどうやって生き抜いていたのか――その過酷さも、今回の作品づくりの大きなヒントになっています。
恐竜のVFX制作のプロセスについて教えてください。
恐竜のVFXを作るにあたっては、とにかく撮影前の準備がすべてでした。脚本ができあがった段階でまず内容を細かく分解し、ラフな絵コンテを描きながら全体の流れを組み立てていきました。そのあとで3Dプリビズを作り、ショットごとの構成や見せ方をじっくりと詰めていきました。アイデアの多くは、これまで自分が影響を受けてきた映画から得たインスピレーションがベースになっています。
プリビズが完成したことで、主要VFXショットのほとんどを事前に細かく計画し、スケジュールに落とし込むことができました。今回の撮影は「冬のスウェーデン国立公園で、週末だけ」という非常に限られた条件だったので、撮影監督と相談しながら、次のセットアップの邪魔にならないよう必要な追加データを効率よく回収できる“撮影の流れ”をつくっていきました。

これまでも恐竜やクリーチャーをテーマにした個人プロジェクトに取り組んできましたが、今回はさらに一段上の表現を目指しました。アセットの細部をこれまで以上に丁寧に作り込み、シミュレーションの精度を上げるなど、作品全体のクオリティを底上げすることに力を注ぎました。
恐竜を表現するにあたって、どのような文献や資料を参考にしましたか?
リサーチ段階では、できるだけ幅広く情報を集めるようにしています。骨格標本のスケッチや写真といった実在の資料はもちろん、実際の動物の動きや質感を観察して、細かな表現やしぐさの参考にもしています。さらに、アート作品や模型、過去の恐竜映画など、クリエイティブな解釈が加えられたものも大切な資料です。たとえ学術的に完全ではなくても、そこには必ず何かしらのヒントやインスピレーションがあるんです。

そして、どの恐竜を登場させるかという“キャスティング”の段階では、恐竜好きの性もあって、候補に挙げた生物を種や系統ごとに細かく分類して、きっちり整理していました。
このプロジェクトのワークフローについて、教えてください。
プレート映像の編集が進んでいる間に、まずは恐竜ごとの3Dアセットづくりに取りかかりました。主に 3ds Max と Mudbox を使い、筋肉のシミュレーションは一部 Houdini で行っています。そのうえで、Nuke Indie(個人アーティスト向けに用意された Nuke Studio ライセンス)を使って、テクスチャの組み立てやコンポジットを進めていきました。
その後、編集済みの映像と撮影素材を Nuke に読み込み、各ショットを EXR シークエンスとして書き出していきました。Nuke はレイアウトや下準備の工程でも、内蔵の3Dトラッキング機能で全ショットのマッチムーブを行ったり、アニメーション用の3Dジオメトリを作成したりと、幅広く活躍しました。そしてもちろん、最終的なショットを仕上げるコンポジティング作業も、すべて Nuke 上で完結させました。

このプロジェクトで、Nukeが課題解決に役立った場面はありましたか?
今回の作品は、VFX に関してはすべて一人で、個人用デスクトップ 1 台だけで作業を進めました。また、ILMでの本業の合間に手がけたサイドプロジェクトだったため、割ける時間が限られていて、とにかく効率よく進めることが欠かせなかったんです。3D のレンダリングは V-Ray を使いましたが、多くても2バージョンまでに抑え、モーションブラーなどの重い計算はできるだけ削りました。そのぶん、ライティングやシェーディングの細かい調整は、ほとんどコンポジット側で行うようにしていました。
制作の初期段階では、まず V-Ray のパスを後から組み直せるようにテンプレートを用意しました。ライトごとにシェーダーの要素を細かく分解できるようにしておくことで、ルックをしっかりコントロールできただけでなく、ジオメトリデータを再変換して手続き型テクスチャやモーションブラー、被写界深度、フィルタリングなどをほぼ手直しなしで適用できました。結果として、作業自体もかなり効率化でき、レンダー時間の大幅な短縮にもつながりました。


どんなプロジェクトでもそうですが、制作が進むにつれて求められる内容は少しずつ変わっていきます。今回も、恐竜に襲われたハンターの損傷した遺体を見せるショットがいくつかあり、その中には一瞬だけ顔の一部が欠けて見えるような、かなり踏み込んだ描写が必要な場面もありました。ただ、特殊メイクで再現されていたのは頬の裂傷くらいだったので、各ショットごとに短期間で追加のダメージをデジタルで作り込む必要がありました。傷のレイヤーを重ねたり、裂けた衣服や血糊のパッチを作ったり、トラッキングやアニメーションを施したりと、コンポジットまで含めた一連の作業を、すべて Nuke の中だけで完結させました。2D と 3D のさまざまな手法を組み合わせて仕上げています。
また別のケースでは、デジタルダブルを使って、そのショット自体をまるごとフルCGで作り直す必要がありました。環境も含め、すべて Nuke 上で構築しています。別撮りしたクリーンプレートやフォトグラメトリを組み合わせ、細部の復元には一部マシンラーニングも活用しました。背景はクリーンプレートをベースに作成し、元のプレートに残っていたモーションブラー由来のノイズは DeBlur ノードで除去。これで十分なディテールを持つシャープな背景を用意でき、そのうえで、ショットに合った新しいモーションブラーを自然にかけ直すことができました。


このプロジェクトを通して、新たに学んだことはありますか?
このプロジェクトでは、最初から最後まで自分で全体を管理しなければならなかったので、その点は大きな学びになりました。また、メインの恐竜キャラクター用に、Houdini で筋肉や皮膚のシミュレーションシステムを構築する方法も新たに習得しました。
Nuke に関しては、プロシージャル生成やテンプレートについてさらに深く掘り下げました。あらかじめ組んだセットアップを使って、テクスチャの細かなディテールやパーティクルを非破壊的に追加できるようにしたんです。たとえば、CG の恐竜に付着する血糊や雪の表現は、3D レンダーから得られるサーフェスデータをベースに、複数のノイズパターンを組み合わせて作っています。
ご自身の作品が Nuke の新バージョンで公式素材として使われているのを見て、どう感じましたか?
自分の作品が Nuke や Katana の公式素材として使われているのを見たときは、正直ちょっと驚きました。ショット単体だけでなく、シークエンス全体や恐竜アセットまで使われていて、とても嬉しかったですし、同時に身の引き締まる思いもありました。やっぱり、自分が手がけたものには自然と強い思い入れがあるので。

特に気に入っているNukeの機能や特長、そしてその理由を教えてください。
Nukeのいいところは、自由にいろいろ試しながら“遊べる”ところですね。既存のツールをいじってみたり、ちょっとしたスクリプトを書いてみたりしながら、新しいクリエイティブな解決策を探すのが好きです。例えば、通常はステレオワークフロー向けのビュー機能をカスタマイズして、複数のUDIMテクスチャをプロシージャルにまとめて合成できるようにしたり、3Dレンダリングデータを基にしたプロシージャルツールを作ったりしています。
自分はもともとジェネラリスト出身ということもあって、カメラトラッキングや3Dプロジェクション、パーティクルなど、Nukeの3D系ツールはよく活用しています。ショットを作り込むために使うこともあれば、ほかのソフトを使わずに、Nukeだけでショット全体を組み上げてしまうことも珍しくありません。

Nuke の大きな魅力の一つは、プロジェクトやスクリプトが複雑になっても、それを柔軟に扱える点です。さらに、ノードグラフ上で視覚的に構成を整理しながら進められるので、全体を把握しやすいというメリットもあります。こうした点が、私が Nuke を使い始めた主な理由のひとつです。
さらに、カスタムチャンネルや Views、マルチショット設定などを使えば、ワークフローをより高度に、自由度高く拡張することもできます。自分でカスタムツールや Gizmo、テンプレートを作って最適化したり、それらを簡単に共有できるのも、Nuke の大きな魅力だと思います。
VFX 業界を目指す人に、何かアドバイスがあればお願いします。
とにかく学び続けて視野を広げることですね。スキルアップのためだけでなく、ものの見方や考え方そのものの幅を広げていくことが大切だと思います。映画やドラマに興味を持つのは大前提として、できればジャンルを問わずいろいろな作品に触れてみてください。また、業界がどんな方向に進んでいるのか、最新のトレンドや他のクリエイターの仕事にも常に目を向けておくと良いと思います。

それから、ソフトウェアとオンライン上のさまざまなリソースを積極的に試したり、実験してみることも大切です。ただ、チュートリアルをそのままなぞるのではなく、“なぜそう動くのか”という仕組みまできちんと理解しようとする姿勢が重要だと思います。そして、居心地の良い領域から一歩踏み出してみることも必要です。最終的に専門分野を決めるにしても、ジェネラリストとして一通りの工程を経験しておくと、パイプライン全体の流れや各工程の役割が見えやすくなるので、とても有益です。
そして忘れないでほしいのは、自分の中にあるアーティスト性やクリエイティビティです。その“創作の火”を絶やさないことが、スキルを磨き続けるうえで一番大きな原動力になるからです。
Feix氏の他の作品は、Eclipse FXで公開されています。
Nukeの学習には、Foundry Learn のチュートリアルライブラリをご活用ください。初心者の方には、自分のペースで学習を進めることができる無償バージョン、Nuke非商用版がおすすめです。学生の方は、教育ページをご覧ください。