『ザ・クラウン』 シーズン3に見る作品の完成度を高めるVFX

Image courtesy of Netflix

歴史ドラマにおける “目に見えないVFX”制作

Left Bank Studios が制作したNetflixドラマ 『The Crown』は、「優雅なイギリス王室の世界にCGで作られたクリーチャーがいるわけでもなく」、「ドラマの舞台である荘厳な宮殿の中に俗物が紛れようはずもない」という観る者の思い込みを完全に覆す作品だ。

エリザベス2世の治世を再現するこの作品は、複数の有名スタジオが手がけた豪華なVFXが多用され、Left Bank Studios 社内の 『The Crown』 VFXチームのメンバーであるBen Turner氏がVFX監修を担当した。細部に至るまで丁寧に作り込まれており、昨年、英国アカデミー賞で7部門、エミー賞で13部門にノミネートされた。

過去5年間にわたり3シーズン全ての制作に携わったTurner氏と、MolinareのVFXスーパーバイザー Andy Tusabe氏に、違和感のない巧みなVFXを駆使して英国史を描く本作におけるFoundryのノードベースのコンポジティングツール Nukeの活用について話を聞いた。

英国王室の再現

Turner氏は、ドキュメンタリー映画 『ワン・オブ・アス』に携わっていた時に『ザ・クラウン』の制作に加わり、シーズン1とシーズン2でLeft Bank Studiosのコンポジティングを指揮した。番組がシーズン3に入るとフリーランスとして引き続きプロジェクトに関わり、Left Bank Studios社内のVFXチームだけでなく、本作の制作に携わる多くのベンダーが手がけるすべてのVFXの監修を担当。

長期にわたって本作の制作に携わるTurner氏は、英国王室の歴史を再現する上でまさに適任だ。

本作で最も象徴的なのは、エリザベス女王の公邸であり執務拠点であるバッキンガム宮殿だろう。熱心な王室ファンの幻想を壊すことを恐れずに言えば、宮殿の門やアーチはロンドン北部にある映画スタジオ エルスツリー・スタジオの中庭に撮影用に作られたもので、その側には、歴代の首相が車から降りて宮殿内に入るシーンでお馴染みの車寄せのダミーも用意されている。

こうした撮影用の大道具を使用したショットは、ポストプロダクション工程においてNukeで編集、合成され、現場での撮影を行わなくても、バッキンガム宮殿の壮麗な美しさを細部に至るまで忠実に再現することに成功した。

Buckingham Place

「Nukeなしでは何もできません。Nukeは社内だけでなく、すべてのベンダーで使用されている業界標準のツールで(中略)、作業の95%はNukeで行われていると言ってもいいでしょう」とTurner氏は話す。

これは、世界中のコンポジティングアーティストがクリエイティブなビジョンを思いのままに表現できる映像制作を実現するというFoundryのビジョンを表すものだ。

Turner氏は次のように続ける。「最終的には、重要なのはアーティストです。Nukeは多くのアーティストによって活用されており、規模の大小に関わらずあらゆる制作現場におけるコラボレーションを強化する、非常に柔軟性の高いツールです」

『ザ・クラウン』のように、社内のVFXチームと下請けの制作会社でVFX作業を分担するプロダクションにおいては、ツールやファイル、アセットの共有性がより求められるため、業界に広く普及するNukeの有益性は高い。

Charles Funeral Shot

Nukeの活用

『ザ・クラウン』シーズン3のVFXを担当したベンダーの一つが、ロンドンに拠点を置く大手ポストプロダクションのMolinareだ。40年以上の実績を持つMolinareは、大手放送局やNetflixなどのストリーミングサービスとともに、長編映画やハイクオリティTVドラマ、長編ドキュメンタリ、ノンフィクションシリーズ等の制作を専門に行っている。 

同スタジオのVFXスーパーバイザーを務めるAndy Tusabe氏に、総勢9名からなるVFXチームで行った作業の詳細について話を聞いた。

「『ザ・クラウン』では、クリーンアップ、マットペインティング、CGI制作が主な作業でした」とTusabe氏。歴史ドラマで現代性を隠すためによく使用される“目に見えないVFX”という考え方に立ち返り、「マンホールの蓋や道路標識、街灯、電気のスイッチなど、現代的な要素はすべて取り除くようにした」という。

「Nukeは素晴らしいVFXツールです。Nukeによってこうした作業を効率的に行え、作業クオリティを維持しやすくなります。これは映像だけでなく、作品全体のクオリティ向上にも繋がります」。

Aberfan gif

「Nukeはパイプラインの主要ツールで、すべてのショットをNukeで仕上げています」と話すTusabe氏に、本作で最も印象に残っているショットやシークエンスについて尋ねてみたところ、「道路の標識を消すのに非常に苦労しましたね。3Dカメラトラッキングなどさまざまなテクニックを駆使して、なんとかショットを完成させました」と答えてくれた。

同じ質問に対してTurner氏は、アバーファンの悲劇を描いたシーズン3の第3話を挙げた。

「とにかく大変だったのは、ウェールズのアバーファン村で起こった炭鉱事故を扱った第3話でした。私のキャリアにおいても、最も誇れる仕上がりになったのではないかと思います」。

「南ウェールズの炭鉱の村をリアルに再現するのも大変でしたが、その後でそれを破壊しなければならなかったわけです。炭鉱捨石の集積山が崩落して街に流入し100人以上が犠牲になった、(中略)話すのも考えるのも辛い悲惨な事故ですから、撮影にも非常に苦労しましたが、きちんと描き切る必要がありました」。

Aberfan disaster vfx

クラウドテクノロジの活用と未来

Turner氏によれば、アバーファンの悲劇のシーンは、完全にクラウド化されたスタジオで仕上げ作業が行われたという。『ザ・クラウン』の制作において、クラウド上のNukeを使用してどのようにシームレスなコラボレーションが実現したのか、さらに、クラウドテクノロジの未来についても話を聞いた。

vfx Aberfan disaster

「私のように独立したばかりのスーパーバイザーにとっては、クラウドを使用してどこからでもリソースを引き出すことができる方が、はるかに効率的です」というTurner氏。クラウド移行を決断した理由については、「場所にとらわれずリモート環境で共同作業を行えるから」と説明する。

チームのクラウド活用は、身の回りにも具体的な影響をもたらした。「短期間しか使わないのにすぐに減価償却されてしまう高価なマシンに多額の投資をする必要のない、ごく小規模なスタジオを小さなスペースに作りました」。

社内のVFXチームにとって、こうした状況が制作にもたらすメリットは大きい。「クラウドを利用することで、実作業を柔軟に進めることができます。一つのスペースに集まってマシンに囲まれながら作業する必要はなくなり、非常に実用的です」。

「また、必要に応じてチームの規模を柔軟に調整することも可能です。プロジェクトの規模に応じてレンダーファームをスケーラブルに活用できるだけでなく、人件費の削減にもつながります。使用した分だけ料金を支払うので、使用しないままマシンの資産価値が低減していくといったリスクもありません」。

「ワークステーションは必要なときだけ使えばいいし、最初は2人のアーティストでスタートしたとしても、翌日に数人追加してといった具合に、一晩でチームを大きくすることも無理なくできます。もちろん、モニターやキーボード、タブレットなどは人数分必要になりますが、いろいろな意味で柔軟性が高いですね」。

しかし、以前にも触れたことだが、制作パイプラインへのVFX関連のクラウドテクノロジ導入の意義については、多くのスタジオやベンダーで理解が進んでいないのが現状だ。本作の制作過程でもそうした影響はあったものの、作業の足枷になるようなことはなかったとTurner氏は話す。

「黎明期ならではの課題があったのは確かですが、膨大な作業量をこなし、完成にこぎつけることができました。苦労もありましたが、満足できるものができたと思っています。ビジネスの未来にとって、クラウドは非常に重要な要素であることは間違いないでしょう。

業界のクラウド化の流れは今後加速し、将来的にはクラウド活用が主流になっていくと思います」。

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充実の完成度

世界中で人気を集める『ザ・クラウン』。世界最大級のストリーミングサービスNetflixとともに、この人気作品シリーズの制作を手がけたTurner氏は、次のように話す。

「Netflixによる全面的な支援のおかげで、『ザ・クラウン』では、クリエイティビティを存分に発揮し、思いのままの表現を実現できました」。

「この作品に携わることができ、非常に幸運です。英国王室や社会の移り変わりを描く作品ですから、描かれる時代とともにVFXも変化し、シリーズごとに新たなチャレンジがあります。そういった意味で、VFX制作の観点からも非常に面白い作品です。“目に見えないVFX”を作るのが私の仕事ですから、『ザ・クラウン』にCGIが使われているなんて知らなかった、と言われると本当に嬉しいですね」。

 

『ザ・クラウン』は、 Netflixで配信中 です。