『スパイダーマン: スパイダーバース』のルック制作(後編) - ルールブックの改変

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コンプによる作品独自のグラフィックルック制作

今年のアカデミー賞では『スパイダーマン: スパイダーバース』が長編アニメ映画賞を受賞し、世間の注目を集めました。

ベンデイドットの手法を取り入れるなど、コミックスの世界を3D映像で再現したその独自のルック制作については、“『スパイダーマン: スパイダーバース』のルック制作 – SPIにおけるKatanaとMariの活用”の中でもご紹介した通り、ソニー・ピクチャーズ・イメージワークスはNuke、Katana、Mari をカスタマイズして従来のパイプラインを一新、再構築し、革新的なビジュアル表現を実現しました。

後編においては、スパイダーマン映画史上最高傑作といわれる『スパイダーマン: スパイダーバース』におけるNukeの活用についてご紹介します。

Spiderman suits

ルールブックの改変

『スパイダーマン: スパイダーバース』は、これまでSPIが手がけた長編アニメーション作品の中でも最もコンポジティングが多用された作品です。

作品独自のグラフィックルックはすべてコンポジティングで作成されており、膨大なショットの調整作業にNukeが使用されました。

コミックス調ルックの制作プロセスは非常に複雑、かつ従来とは異なる新しいツールセットを要するもので、チームはプロセスの開発と改善に取り組みツールとテンプレートを入念に作成しました。

その際最も重視されたのが、どのようなショットにおいても活用できる操作性の高さでした。プロジェクトのリードコンポジターを務めた Geeta Basantani 氏は次のように話します。

「ハーフトーンのドットやハッチングのラインを生成する Hatcher や Thresher をはじめ、カラーオフセットや手描き風のインクライン、描線、ベタ塗り、ブラシ使い、ストリークといったコミックスで使用されるテクニックを表現するために作成したツールとテンプレートは、それぞれ25以上にもなりました。この作品独自のルックは、従来のパイプラインのあらゆる箇所を手直しして生み出されたのです。

こうしたツールがアーティストの手にかかり、私たちの意図を超えて新しい効果が生まれることも少なくありませんでした。

例えば、ChromaShifterはもともと被写界深度に使用するカラーオフセットエフェクトを調整するために作られたツールなのですが、モーションベクターの値をデプスの値と置き換えて11に上げたところ、非常にユニークなモーショントレイルが生成されました。

最終的なルックは、こうしたツールを活用するアーティストのクリエイティビティに委ねられているのです。」

Spiderman crouching

クリエイティビティを引き出すカスタムツール

『スパイダーマン: スパイダーバース』は原作コミックスの世界をそのまま映像で表現した真の芸術作品です。

この作品の制作にあたり新たに開発されたツールはすべて、アーティストのクリエイティビティを最大限に引き出すという一つの目的のために作成されました。こうしたカスタムツールを使用してあらゆるショットで丹念な作り込みがなされた結果、独自のルック表現が確立されたのです。

リードコンポジターの Marco Recuay 氏は、カスタマイズ性に優れたNuke は彼のようなポジションに最適なパッケージだと言います。「Nukeはツール開発が非常に容易に行えます。アーティストが作成するシンプルなgizmoから手の込んだNuke Developer Kit (NDK) ノードまで、あらゆるニーズに対応しています。

『スパイダーマン: スパイダーバース』では、それぞれのツールの特徴を活かしながら併用するかたちで制作が進められました。複雑なツールはBlinkScript、あるいはCで詳細に作り込んでから、アーティストがタスクを実行するうえで必要なパラメータだけを制御できるように、使いやすいgizmoやテンプレートにしました。

これは、この作品の多様なルック表現において有用でした。例えば、グウェンは色彩やディテールにムラがあり絵画調に描かれていますが、基本的にはマイルスと同じツールを使用しながら、gizmoやテンプレートを使って違いを表現しています。

また、ルックデブアーティストが作成した複雑なセットアップをgizmo化し、アーティストがシークエンス全体のルック作成に使用することもありました。

専業のコンポジターだけでなく、複雑なセットアップ下での作業を得意としないアーティストにとってもツールを使いやすいものにするために、こうしたプロセスはとても重要でした。」

Gwen spiderman

手作業によるルック制作

Basantani 氏によれば、こうして作成されたツールはVFXプロダクション全般にわたり不可欠な役割を果たしたといいます。「一人一人のアーティストがNukeを他のカスタムツールと併用してショットの調整を行い、作品全体を仕上げました。

ハッチングやハーフトーンの濃淡については、Thresher と Hatcher を使ってライティングのシェーディングをもとに調整し、距離や角度等のスクリーントーン間の位置関係についてはアーティストの自由裁量に委ねられました。また被写界深度の調整もカスタムのツールセットで行いました。

例えば地下鉄の駅のシーンではハーフトーンを使ってフレアの描写を行っていますが、現実的な動きに基づいてライトで大きさを調整し、ハーフトーンドットを散りばめてグローを表現しています。」

Recuay 氏はプロセスの詳細を次のように話します。「この作品のルック制作にはかなり複雑なプロセスを用い、ディレクター陣の思い描く通りの映像表現を実現するうえで、きわめて芸術性の高い作業が求められました。

例えばキャラクターのリムライトに使用されているハーフトーンドットですが、マイルスがクモの巣上を移動しているようなショットでは、パターンをかき分けて進んでいるように見えないよう、ドットをマイルスの動きにぴったり追随させていますが、別のショットにおいては、ドットの表現に少しゆとりを持たせてテクスチャというより照明のような効果を持たせています。デザイナーがツールを思い通りに制御しショットのニーズに合わせて活用できるように、さまざまな形でツールのトレーニングを行いました。

新たに習得しなければならないことは確かにたくさんあったはずですが、だからこそ、作品の一コマ一コマのルックを手作業で作り上げることができたのです。」

spidey sense

BlinkScript によるツールのプロトタイプ化

求められるルックを実現するために、チームはBlinkScriptを広範に用いてさまざまなツールの試用を行いました。Recuay 氏は言います。「BlinkScriptを使って Nukeのツールを素早くプロトタイプ化しました。

基本的にコード化した形でビューアに直接表示できる機能は特に素晴らしいですね。複雑な手順を簡略化し、迅速に作業を進めることできました。

そうしたBlinkScriptはワークフロー内でコンパイルしたノードに変換され、ツールセットの一部としてチーム全体で共有しました。」

『スパイダーマン: スパイダーバース』のルックディベロップメント、ライティング、テクスチャリングプロセスの詳細についてはこちらをご覧ください。

 

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